Morandi Bridge is broken down――公共建築物のソーシャル・アクシデント

London Bridge is broken down,
Broken down, broken down.
London Bridge is broken down,
My fair lady.

(ロンドン橋、落ちた
落ちた、落ちた
ロンドン橋、落ちた
さあ、どうしましょう?)

マザー・グースの歌(イギリスの伝統童謡)として古くから知られる「ロンドン橋落ちた」。その歌詞の内容はロンドン橋が落ちるたびに新しい材料で作り直そうとするものだが、「My fair lady」とはいったい誰のことを指すのだろうか。この問いの答えには諸説がある。「My fair lady」とは、ロンドン橋の建設責任者だった当代のイングランド王妃、イングランド中部の州ウォリックシャーに住むリー家の貴婦人、聖母マリア、はたまたテムズ川支流に流れるリー川そのものを指すのだ、というふうに。
この歌詞を読み替えて、「Morandi Bridge is broken down(モランディ橋落ちた)」と不謹慎にも口ずさみたくなるような巨大事故が、2018年8月にイタリアのジェノヴァで起きた。高速道路の斜張橋「ポルチェベーラ高架橋」(通称「モランディ橋」)が突如崩落し、連続桁橋のゲルバー部が真っ二つに割れて主塔ごと粉々になり、事故に巻き込まれた43名が亡くなるほどの大惨事となったのだ。
建築家のリッカルド・モランディ(1902-1989)が設計したモランディ橋は、1967年竣工で全長約1100m。V字型の特徴的な橋脚を持った斜張橋で、斜材にはプレストレスト・コンクリート(PC)が使用されている。コンピューター解析がなかった当時としては最先端技術を尽くした公共建築物であり、建築家モランディの「モランディ・スタイル」が結実した代表作のひとつであった(★1)。
橋はなぜ崩落したのか。事故後の調査では様々な可能性が指摘された。港湾近くに位置するモランディ橋が海風の塩害で腐食を進行させていた、交通量の多さからコンクリート部材が予測以上に疲労していた、橋梁を吊るケーブルが断裂した、事故当日の暴風雨と落雷が引き金になった、等々。しかし、崩落の理由を確証として突き止めるのは難しく、主因については専門家でも見解が分かれるところだ。高木仁三郎が「現代事故の十の特徴」のひとつとして挙げたように、どんなに分析と考察を重ねたところで「事故は解明し尽くされない」。技術の飛躍的な進歩にも関わらず、甚大な被害をもたらすソーシャル・アクシデントは必ずどこかで人類へのしっぺ返しのように起きてしまうのだ。「かつて古代の人々は、火山の噴火を山の神の憤りとして畏れた。日食を天変地異の兆しと見ておののいた。中世の人たちは、コレラの流行を、疫病神の仕業と見た。そういう時代をとうの昔に克服したはずの現代の人たちは、自らのつくり出した科学技術の暴走の前に、ある意味では古代人や中世人以上に無防備に自らをさらけ出している」(★2)。
老朽化した公共建築物が、解析しがたい因果の連鎖によって迎えたひとつのカタストロフィ。それは、高度経済成長期に建設された巨大建築物が避けがたく直面する即物的衰退、鉄筋コンクリートという20世紀的な建築資材の神話崩壊を象徴的に示すと同時に(鉄筋コンクリートの堅牢性は半永久的なものではなかった!)、施工者や建築家といった個人的主体のみには還元できない「責任」の問題を浮上させる。モランディ橋崩落の責任をモランディひとりに帰することはできない(モランディによる当初の設計に不備があったのか、竣工までのプロセスで技術者たちが手を抜いたのか、メンテナンスを怠った管理者が悪いのか…云々)。モランディ橋の崩落をめぐっては、橋の運営・管理を一手に引き受けていた民間企業アウトストラーデ・イタリアとイタリア政府の調査委員会のあいだで責任問題をめぐる論争が起きた(★3)。複雑な技術体系を投入した公共建築物が管理・維持される過程には多くの人間、組織、システムが介在しているのだから、責任の所在もより複雑化・多層化・不透明化しているということだ。さらにそこに経年の問題が加わって事態を難しくさせる。歴史ある建造物ほどシステム構築の履歴を辿るのは困難だからだ。「万里の長城に観光に行った人が、石壁の崩壊で怪我をした場合、秦の始皇帝に究極の責任があると言うのだろうか」(★4)。ロンドン橋の童謡の時代とは異なり、現代人には「さあ、どうしましょう?」とお伺いを立てる為政者の顔が見えない。
巨大な建築物の崩壊事故は個人を超えたスケールで集団の記憶となり(「鉄筋コンクリートの高層ビルが次々と建てられた高度成長経済期から半世紀も過ぎたのだ」、という旧時代の技術への感慨)、センセーショナルな見出しや画像とともに報道され、ある時代の節目を印象づける(亡くなった43名の象徴的な「死」は戦争や天災による大量死とはまた別の意味を帯びる)。加えて、瓦礫の後始末という、厄介にして極めて現実的にして即物的な問題も置き土産として残す。「鉄筋コンクリートは中から劣化する。水の侵入によってアルカリシリカの反応が起こり、中性化作用が始まり鉄筋が腐食する。これらすべてはかなり進行して、腐食や崩壊が起こり表面部分が落下するというような状態にいたるまで目に見えぬところで起こっている」(★5)。モランディ橋の周辺に住む住人は以前から橋の経年劣化に不安を感じていたというが、現実問題として、鉄筋コンクリートの劣化のサインを外側から見極めるのは難しい。さらに、鉄筋コンクリートが再利用に適さない資材であり、爆破もしくは解体機材を用いての粉砕という手段でしか骨子となっている鉄筋を除去できないという問題も、地球環境的な観点から見て大きな障害となる。自然物ではない人工の建築資材は人間に都合よく風化などしないし、そう簡単にリサイクルもできない。ちなみに、モランディ橋の残存部分が「処理」されたのは事故から一年後の2019年6月のこと。サルビーニ副首相兼内相とディマイオ副首相兼経済発展・労働相の立ち会いのもと、モランディ橋は爆破解体された。爆破解体に際しては近隣の住民4000人が非難し、爆発による粉塵が飛散するのを防ぐためタンクに水を張るなどの対応がなされ、白い煙の柱が無数に立ち上る爆破解体の様子は視聴者にカタルシスをもたらすショーのようにテレビで中継された。爆破の時間はわずか7秒。SNSを通じてシェアされた爆破映像は、無数のユーザーが掌で弄ぶスマホの小さな液晶画面で「暇潰しのコンテンツ」として繰り返し再生されたことだろう。
複雑なネットワークの上に成り立つ公共建築物が、経年ごとに抱え込んでいくさまざまなレベルの「重み」。所在なく未来へと繰り延べられていく物質的・倫理的負荷はいかにして消化・昇華されるのか。モランディ橋の崩落は「誰のせい/誰のもの」なのだろうか。ニュース映像が伝える〈崩落〉と〈爆破〉、この二つのシーンを突き合わせると負荷が一挙に吹き飛ばされ、何かが清算されたような思いがするのは、ちっぽけな個人である「私」の錯覚に過ぎないのだろうか?
思考実験に誘うサンプルとして、モランディ橋の〈崩落-爆破〉の映像を「政治の展覧会」の出品物としてここに展示してみたい。


参考リンク
【橋の崩落】
https://twitter.com/RaiCultura/status/1161510259128754176【爆破解体】
https://twitter.com/Estructurando/status/1144722962207166466

(★1)モランディ橋の基本的な構造については以下を参照。夏目貴之「ジェノバの橋崩落、異例のPC斜材が一因か」『日経 xTECH/日経コンストラクション』(2018.09.03)。
(★2)高木仁三郎『巨大事故の時代(叢書・死の文化)』弘文堂、1989年、68頁。
(★3)イタリア政府はモランディ橋の崩落事故後、アウトストラーデ・イタリアに1億5000万ユーロ(約190億円)の罰金と運営権の剝奪を検討すると表明。しかしイタリア政府によるアウトストラーデへの激しい批判は、「大衆迎合主義(ポピュリズム)政党が擁立した政権による、国民の歓心を買うためのリップサービスだった」のではないかとする見方がある。以下の記事を参照。「伊政府vs道路運営者の不毛 事故の責任はどこに?」(特集 イタリア「モランディ橋」はなぜ落ちた?)『日経コンストラクション』2018年12月24日号。
(★4)齊藤了文『事故の哲学 ソーシャル・アクシデントと技術倫理』、講談社、2019年、58頁。
(★5)エイドリアン・フォーティー『メディアとしてのコンクリート 土・政治・記憶・労働・写真』坂牛卓、邉見浩久、呉鴻逸、天内大樹訳、鹿島出版会、2016年、71頁。

その他参考資料
ヘンリー・ペトロスキー『橋はなぜ落ちたのか 設計の失敗学』中島秀人、綾野博之訳、朝日新聞出版、2001年

*本稿は『政治の展覧会』第2号のための構想段階で書かれたものであり、今後の加筆修正とテーマの展開を予定している。


2023/02