イタリア近現代美術受容小史
――大光コレクションについて
イタリアの近現代美術はアメリカやフランスのそれと比べると日本で紹介される機会が少なく、一般にはまだまだ馴染みが薄い。しかし日本にもイタリア近現代美術の貴重なコレクションをまとめて収蔵する美術館が存在する。広島県福山市にあるふくやま美術館だ。1988年の開館時から収集してきたイタリア美術のコレクションは、セガンティーニ、バッラ、ボッチョーニ、デ・キリコ、カポグロッシ、カステラーニ、フォンタナ、クネリス、パラディーノまで実に多岐に渡る。そしてこれらのコレクションの出発点に遡ると、かつて新潟県長岡市を拠点に築かれた「大光(たいこう)コレクション」の存在へと行き着く。
大光コレクションとは、新潟の大光相互銀行のオーナーだった駒形十吉(1901~1999)が中心となって1950~1970年代頃に収集した企業コレクションのことを指す。近代日本洋画から欧米の戦後美術まで幅広いラインナップを誇り、総数700余点にものぼるコレクションの中にはフォンタナ、カポグロッシ、カステラーニといったイタリア近現代美術の作品も含まれていた。
1964年には日本で初めて「現代美術館」の名を冠した長岡現代美術館が長岡文化会館内に開館し、大光コレクションを保管・展示する役割を担った。イタリアとの関わりでいえば、同館主催の第3回長岡現代美術館賞(1966年)でカステラーニが大賞を受賞したことなども銘記すべき出来事のひとつである。
大光コレクションはまだ評価の定まらない現代美術を積極的に集めたことでも注目を浴びた。欧米の戦後美術に関して収集のアドヴァイザーとなったのは東京画廊の初代オーナー、山本孝である。フランスの現代美術ばかりに目を向ける当時の風潮に抗し、東京画廊はアメリカ、ドイツ、ソ連など様々な地域の現代美術の紹介にはやくから努めてきた。もちろんイタリアも例外ではなく、1961年の「ロベルト・クリッパ」、1962年の「フォンターナ展」、1963年の「カポグロッシ」、1968年の「エンリコ カステラーニ」など、イタリア現代作家を紹介する意欲的な試みが60年代に続けて行われた。さらにイタリア現代美術の状況や現地の画廊についての情報を東京画廊に提供した重要人物として、ローマ在住の画家・阿部展也の存在も見逃せない(先に触れた第3回長岡現代美術館賞でも阿部は作家選定やアウトラインに関わっている)。駒形は山本を通じて欧米の状況に詳しい阿部や評論家の中原佑介からの情報を得ていたという。大光コレクションのイタリア美術の収集には阿部のアドバイスが何らかのかたちで影響していたとも考え得る。
1978年、大光銀行の乱脈融資事件が起こると、再建のためにコレクションは売却の憂き目に遭う。複雑なことに長岡現代美術館にある大光コレクションは大光相互銀行、長岡文化会館、長岡現代美術館という3者に帰属していたため、売却後の作品は各地への散逸を免れなかった。しかしながら、大光コレクションの里帰り展として1993年に新潟の地で開催された「大光コレクション展:先見の眼差し…再構成。」展カタログ所収のリストによると、散逸後の大光コレクションは新潟県立近代美術館、いわき市立美術館、横浜美術館など全国の名だたる公私立美術館などにおさまったようである。イタリア近現代美術についてはふくしま美術館が一部を引き継ぎ、バッラの油彩1点と水彩素描25点を核としながら現在の充実したコレクションにまで拡大していったというわけだ。
このようにコレクションの来歴を辿ると、イタリア近現代美術の受容史的観点からみて1960年代がひとつの熱い時代であった様子が垣間見える。新潟の地で育まれたコレクションとそれらを巡る様々な思いは、時と場所を越えて半世紀後の現代にも受け継がれていくだろう。
[参考資料]
小林弘『大光コレクション : 先見の眼差し・駒形十吉』、新潟日報事業社、2003年。
『大光コレクション展 : 先見の眼差し 再構成。 : 新潟県立近代美術館開館記念展』、新潟県立近代美術館、1993年。
『阿部展也展 : Abe Nobuya 1913-1971』、新潟市美術館[ほか]、2000年。
『20世紀の日本と西洋 : マンズーから劉生までのコレクションの軌跡 : ふくやま美術館開館20周年記念』、ふくやま美術館、2008年。
2015/04/04
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