「橋本聡 : 私はレオナルド・ダ・ヴィンチでした。魂を売ります。天国を売ります。」についてのメモ
◆「青山|目黒」における橋本聡の個展は、橋本聡が元レオナルド・ダ・ヴィンチであったことをカミングアウトするところからすべてがはじまる。この荒唐無稽な告白をいったい何人の人間が真に受けただろうか。
◆自分がイエス・キリストの生まれ変わりであるとか、前世は歴史上の人物の誰々だったなどと名乗りを上げ、一定数の信者や賛同者を得てきた人間は確かにこれまでも存在してきた。一方で橋本聡は自分がレオナルド・ダ・ヴィンチの「生まれ変わり」であるとは一言も言ってはいない。
◆「元・LDV」という肩書きが示すように、橋本はあくまで現在の自分の身のうちにかつての自分=LDVを引き受け、分裂をも恐れぬ奇妙な存在形式を提示しているかに見える。
◆会場に展示されるのは天国の土地の売買契約書である。はたしていざ死んで天国に行ったとき、この契約書はちゃんと効力を持つのだろうか。そもそも天国の土地などという疑わしいものが、本当に存在するのだろうか。いずれも死後の世界に属する問題であり、立証は不可能だ。
◆ではそれを踏まえた上で天国の土地を買うとはどういうことになるのか。大まかに考えて、天国の土地を買う人間の動機は次の2つに分類することができるだろう。
◆①程度の差はあれ天国の土地の存在を信じており、天国の土地を得ることを目的とする場合。②天国の土地の存在云々とは別の価値体系を信じている(求めている)、つまり元LDVの橋本聡が天国の土地を売るという「作品」もしくは「コンセプト」に何らかの価値を認めている場合。
◆橋本はテキストの中で「現世の生活に執着しており」「目下の生活に困窮している」とも述べているので、経済的に不安を抱える橋本への援助として金銭を支払う奇特な人間もなかにはいるかもしれない。しかしこれは特殊なケースと思われるので、ここでは度外視する。問題となるのは①と②の態度だ。
◆①については、宗教に対する信仰心のような支えなしには為し得ない態度と言えるかもしれない。ただし橋本聡の文言は布教的というより保険や不動産取引の勧誘に近く、極めて世俗的で、詐欺師の常套手段すら連想させる(夢見させ、不安を誘い、脅し、好条件に見せかけた取引を持ちかける)。
◆②については、今までの橋本の活動が「現代美術」というエクスキューズが無効になる領域へ私たちを連れだしてきたことを思い起こす必要がある。今回の展示物の多くがフェティシズムを満たさない仕上がりであること、素材の原価にまったく釣り合わない値段設定であることにも留意すべきである。
◆おそらく橋本が仕掛けてくる奇妙な提案にいったん巻き込まれると、①と②のどちらの態度にも振り切れなくなるのだ。「天国の土地」のいかがわしさは「芸術」のいかがわしさと同一平面上に重なり合い、図と地が入れ替わるルビンの壺のだまし絵のように人々を惑わす。
◆映像作品の中で橋本は、生活のことではなく残されたLDVの作品(の分析)を通じて自分が元LDVであったことを証明するという。彼の作品分析は奇妙にも説得力があり、あまり滑舌のよくないナレーションにも不思議と引き込まれてしまう。
◆なるほど確かに作品は作者の死後も「残る」。しかし作品が本当の意味で「生き続ける」には、ただ物として残っているだけでは駄目なのだ。
◆ドイツの美術史家ヴォリンガーは「モンナ・リーザの微笑」のなかで次のように書く。「生きるとは、問題にされることである。しかしもうどんな批判的問題もたてられないような芸術作品は、不滅性のためにかえって死んでいる。」
◆作品がその時代において「生きる(蘇生する)」には、その時々にふさわしい仕方で語られ、解釈を付与され、ときには批評的振る舞いにも晒されなければならない。橋本聡の映像作品のなかで、パロールは言うなれば「魂」だ。魂を吹き込まれている限りにおいて、作品は証拠物件として有効になる。
◆映像のなかで橋本の対話者は問う。「なぜ、今のタイミングで、元LDVであることを告白しようと思ったのか」。正確な内容は失念したが、「自分が告白することで、自分と同じような境遇の人間(元〇〇である人間)が名乗りを挙げてくれるといい」といった趣旨の回答がなされる。
◆元LDVの告白を機に、似たような元〇〇が世界各地であらわれはじめるとしたら。それは元LDVが何らオリジナルな存在でないことの証明となる。真正ともまがいものともつかない元〇〇がウイルスのように蔓延し、世界は攪乱される。
◆それにしても引っ掛かるのはテキストの次の箇所だ。「私は死後そこに戻るつもりでいましたが、この度その土地を売り出すことにしました。なぜなら死後の私はきっと別のところに行くことになるからです。」
◆「別のところ」とは何か?ありもしない天国の土地を売る自分は罪深い詐欺師であり、地獄に行くとでも言いたいのだろうか。私にはこの文言が、作家の底知れなさを最も感じさせる一言に聴こえる。私たちが脱出不可能なゲームに困惑している間、作家ひとりが異なる世界を予感しているかに思える。
◆ゲームの創造主もあずかり知らない脱出口はどこにあるのか?
「橋本聡 : 私はレオナルド・ダ・ヴィンチでした。魂を売ります。天国を売ります。」
青山|目黒(2013年4月6日~5月4日)
2013/05/05
[一覧に戻る]